2011-05-27

茂木健一郎のツイート「北風と太陽」

茂木健一郎のツイート
「北風と太陽」における「太陽」であることについての連続ツイートがすてきだったので、
備忘録として。


太陽(1)
しばらく前に、これからは個人の遺伝子配列からさまざまな病気にかかる確率が計算できるようになることを話していて、気をつけないと「脅迫」産業になると言った。こんな病気になるから、この健康食品を飲めなどと言って売りつけるのである。

太陽(2)
「あるべき状態」について研究するのは良い。しかし、それを、「そうならなかったら大変だ」と脅迫に使うのは間違っている。脳科学の受容でも似たようなことがあって、そういう議論をする人を見ると腹が立つ。

太陽(3)
幼児教育は、「脅迫」に使われやすい分野である。さまざまな学習が幼い時に始めた方が良いことは事実だとしても、だからと言って、「早く始めないと大変なことになる」などと脅迫するのは間違っている。発達の道筋はそれぞれ。もっと大らかに構えていて良い。

太陽(4)
昨今のグローバリズムで、「英語をやらないと時代に取り残される」などと煽るのも脅迫である。好きならばやればいいし、苦手ならば取り敢えず放置しておいても良い。いずれにせよ、義務だと思ってやっても、ろくなことにはならない。

太陽(5)
やらないかと北風をぴゅうぴゅう吹きつけるよりも、こんなに楽しいよ、嬉しいことがあるよと太陽で照らす方がよほど効果があるし、生きることの本質にも沿う。世の中には北風産業がたくさんあるけれども、そんなものは無視していればいい。

太陽(6)
ジョン・ボウルビィは、保護者が「安全基地」を与えることが子どもの発育に重要だと主張した。しかし、その研究の目的は、不幸にして幼い時に「安全基地」が失われた子供を助けるためであって、そうでなければダメだと決めつけるためではなかった。

太陽(7)
「ありうべき」理想の状態はある。しかし、人生はいろいろなことが起こるから、必ずしも思うようにはいかないかもしれない。それでも、前向きに生きることを助ける。これが、本当の科学だし、あるべき人間の態度だろう。

太陽(8)
テレビで、評論家が「子どもの生育環境はやはりこうでないと」などとしたり顔で喋っていたら、くだらないやつだと無視してしまっていい。本物は、どんな環境に置かれた子どもでも、助けようと必死になって考えるはずだから。

太陽(9)
一般において、「あるべき論」を展開し、そうでないものを切り捨てたり決めつけたりする人は、さびしい人である。北風は生命を育まない。太陽は、ものみな照らす。どんなに条件に恵まれなくても、仕方がないじゃないか。人生は一度しかないんだよ。





あらすじby wikipedia

あるとき、北風と太陽が力比べをしようとする。
そこで、旅人の上着を脱がせることができるか、という勝負をする。
まず、北風が力いっぱい吹いて上着を吹き飛ばそうとする。
しかし寒さを嫌った旅人が上着をしっかり押さえてしまい、北風は旅人の服を脱がせることができなかった。
次に、太陽が燦燦と照りつけた。
すると旅人は暑さに耐え切れず、今度は自分から上着を脱いでしまった。
これで、勝負は太陽の勝ちとなった。


これには、また別の話もある。北風と太陽がした勝負は最初は旅人の帽子をとることだった。最初、太陽は燦燦と旅人を照り付けると、旅人はあまりにもの日差しで帽子をしっかりかぶり、決して脱がなかった。次に北風が力いっぱい吹くと、みごと簡単に帽子は吹き飛んでしまった。その次に行った勝負は旅人の上着を脱がす勝負だった。この勝負の結果は周知の如くである。
この別の話の教訓は、何事にも適切な手段が必要である、ということである。一方でうまくいったからといって、他方でもうまくいくとは限らない。その逆も然り。しっかり、結果を見据えて、手段を選ぶべきである。
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